第五回センチメンタル・スケッチ・ジャーニー
大連・台北〜旅順〜
水師営


 
日露戦争後、乃木希典将軍は、敗軍の将ステッセルと
旅順のここ水師営で会見した。
遺跡として残っているこの会見所は
意外に小さい小屋であった。
屋根には、草がぼうぼうと生え、百年の歳月が
経ったことをうかがえるに充分だった。

一方、二0三高地の頂上に建てられた
慰霊塔も青く錆ついていた。
爾霊山(にれいさん)と乃木が揮毫した塔の文字も
かろうじて読めるぐらいに年月を重ねていた。

自分の息子二人も、この戦争で失い、
敵味方ともに多数の戦死者を出した
乃木の胸に去来した思いとは
どんなものだったろうか?